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甲府地方裁判所 昭和31年(行モ)2号 判決

債権者 中村栄一 外一名

債務者 塩山市

主文

債権者に於て金額五万円の保証を立てることを条件として、債務者が別紙目録表示の土地に対し建物その他の工作物を設置することを禁ずる。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、債務者は別紙目録表示の土地に対し、建物その他の工作物を設置してはならない旨の判決を求めその理由として債務者塩山市は昭和三十年度会計年度経過後である昭和三十一年四月九日の市議会に於て可決成立した塩山市昭和三十年度第三回塩山市歳入歳出追加更正予算中に保健衛生費款、隔離病舎費項、新営改築費目として計上されている金五百四十四万円を以つて、隔離病舎を新築しようと計劃し、(一)工事請負費を金四百十四万円内訳 (イ)隔離病舎建築費金三百八十四万円、(ロ)屎尿浄化槽設備費金三十万円、(二)施設費を金百三十万円(敷地購入費五百十坪分及び補償費)と定め、債務者塩山市の市長である成沢広次は右計劃に基き、隔離病舎建設のため、(一)その敷地として昭和三十一年五月十一日申請外中村清次より同人所有の別紙目録記載の土地を買受け、(二)同年同月三十日申請外松橋建設株式会社と、右敷地の整地工事の請負代金を金二万七千円、建物基礎工事の請負代金を金二十七万七千円とする請負契約を締結し、右作業は右会社の手により目下進行中である。

しかし、右追加更正予算は前記の如く昭和三十年会計年度経過後に可決成立したものであるから地方自治法施行令第百六十条に違反し当然無効である。従つて、無効な右追加更正予算に計上されている病舎建設費等金五百四十四万円は債務者である塩山市に於てもその執行機関である市長成沢広次に於ても共に何等の処分権限を有しない財産である。しかのみならず塩山市に於ては伝染病患者委託契約に基き市内武藤病院及び塩山病院に患者を収容することができるから伝染病棟の建設は不要不急の事業であり市財政逼迫の折から現在及び将来市民に莫大の負担をかけることとなり、又右病棟の建設予定地は塩山中学校及び塩山小学校に近接しているから学童に及ぼす影響も亦甚大である。斯る事業に莫大の経費を投ずることは公金の不当の支出に該当するものといわなければならない。仍て債権者等は塩山市の住民として、塩山市長成沢広次の右違法な財産の処分の禁止、制限並に取消の措置を求めるため同年六月二日地方自治法第二百四十三条の二第一項に基き塩山市監査委員矢崎一恵に対し、前記事実を証する書面を添え、監査を行い右行為の制限、禁止に関する措置を講ずべきことを請求したが右監査委員は有効適切な措置を講じようとせず又講ずる意思のないことが明かとなつたので、債権者等は、同法第二百四十三条の二第四項に基き当庁に対し、塩山市、同市長成沢広次及び契約の相手方である中村清次並に松橋建設株式会社を被告とし前記売買契約及び請負契約の取消並に右病舎建設のため前記更正予算に計上の金五百四十四万円の公金の違法支出の禁止の訴訟を提起した。しかるに塩山市長成沢広次は右病舎建設を強行せんとし、前記の如く既に病舎敷地を購入し請負契約の締結をなし、請負人松橋建設株式会社を督励して右敷地の整地並に建物基礎工事の進捗を計つている。よつて、今にして塩山市に対し、右敷地上に建物その他の工作物を設置することを禁止しなければ、右土地上に病舎の建設その他の工作物の設置を完了することは必定であるから、たとえ本訴に於て勝訴判決を受けるも、公金の違法支出により塩山市民の蒙る経済的損失は甚大となる。よつてこれが防止の手段として塩山市に対し、主文掲記の処分禁止の仮処分を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、債務者の主張に対し、債務者主張の如き専決処分が為された事実はないと附陳した。(疎明省略)

債務者復代理人は、債権者の債務者に対する本件仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は債権者の負担とする旨の判決を求め、先づ本案前の抗弁として、本件保全処分の本案訴訟は、地方自治法第二百四十三条の二第一項に基く訴であることが明であり、右本案訴訟の被告は「普通地方公共団体の長、出納長若しくは収入役又はその他の普通地方公共団体の職員」でなければならないことは同法条の規定するとおりであつて、右の者等以外の塩山市には右訴訟の当事者適格がない。従つて本件仮処分申請においても亦塩山市には当事者適格がないから、塩山市を債務者としてなされた本件申請は失当として却下を免れない。

本案の答弁として、債権者主張事実中その主張の追加更正予算中同主張の費款費項費目に計上された金五百四十四万円の予算をもつて、債務者塩山市が、債権者主張の隔離病舎新築を計劃している事実、債務者塩山市の市長である成沢広次が、隔離病舎建設敷地として中村清次より昭和三十一年五月十一日、別紙目録記載の土地を買受け、右土地の整地並に右土地に対する建物建設のための基礎工事に関し松橋建設株式会社との間に債権者主張の請負契約を締結した事実、債権者等は共に塩山市の住民であつて、塩山市及び同市長成沢広次の右財産の違法な処分の禁止制限、取消の措置を求めるため、地方自治法第二百四十三条の二第一項の規定に基き昭和三十一年六月二日塩山市監査委員矢崎一恵に対し、その措置に関する請求書を提出した事実。同市長が、松橋建設株式会社を督励して債権者主張の工事を進捗させている事実は認めるが、その余の主張事実は否認する。しかし右追加更正予算は、正当に可決成立したものであつて、何等の違法はない。その成立経過を詳述すれば即ち次のとおりである。右予算案は昭和三十一年三月十四日追加更正予算案として、市議会に送付され、同月二十日の本会議に上程後総務委員会に附託された。然るに同月二十九日の本会議に於ても議決されなかつた上更に三月中に本会議が開催されるに至らなかつたので市長成沢広次は地方自治法第百七十九条第一項の規定により同年三月三十一日専決処分に附し、同条第二項の規定に従い同年四月九日その承認を求めるため市議会に報告したのである。而して、同月九日の本会議に於ては右予算案は同年三月中に議決すべきものであるとして、三月二十九日議決として取扱うことに異議なく決定したので専決処分の報告案件は上程されなかつたのである。而して右議決及び取扱につき同年五月二十五日市議会議長より成沢市長宛その旨の通知がなされたが同市長はこの議決には手続上疑義があるので六月招集の議会に再度提案する旨の附箋を附してこれを議長宛に返戻し、その後六月十一日招集の定例市議会に於て、前掲予算の専決処分の報告案件外八件が一括上程され承認され次いで、六月十六日、市議会本会議に於ても事業繰越に伴う本件追加更正予算が、議決されているのである。以上の次第で、本件隔離病舎建設経費についての予算成立手続には何等の違法がないから塩山市長の右事業の執行並に経費の支払若しくは塩山市を当事者とする契約の締結は適法である。尚債権者は塩山市においては市内武藤病院及び塩山病院との間に伝染病患者収容委託契約が締結されているので隔離病舎の建設は不要不急であり、市財政逼迫の折柄実施すべきではなく且つ病棟建設箇所が、教育施設に近接しているから、かかる事業のために、多額の出資をなすことは不当な支出であると、主張するが、塩山市は県下に於ても伝染病の多発地域であり、伝染病の多発時に於ては右委託病院のみでは、正規の病室へ収容し得なかつた事例もあるので不要不急の事業ではない。又仮りに財政状況が困難であるとしても伝染病棟の如く最も緊急で公共の福祉に必要なものはたとえ財政困難であつても実現することが市民に対する最大の奉仕である。病棟が教育施設に近接しているとしても、近時の発達した医学の下に於ては施設の完全を期する限り全く影響はないのである。以上の理由により本件仮処分申請は理由がないから却下さるべきものであると陳述した。(疎明省略)

理由

先づ債務者の当事者適格について調査するに地方自治法第二百四十三条の二第四項の訴訟において被告となるべきものは必しも同条第一項所定の公共団体の長出納長収入役若くはその他の職員に限定すべきものでなく当該行為の取消若くは無効確認の裁判を求める請求については取消若くは無効確認の結果に直接具体的な利害関係を有するもの即ち当該行為の相手方及び公共団体を共同被告とすべきものと解すべきところ本件債権者等は本案訴訟において塩山市長の外に塩山市及び中村清次並びに松橋建設株式会社を共同被告としてその間に締結された売買契約及び請負契約の取消を求めていることは右本案事件の記録上明かであるから上述の理由により塩山市が右請求訴訟の被告たる適格を有することは勿論である。而して右訴訟については民事訴訟法による仮処分の規定が適用せられるものと解するのが相当であるから仮処分の必要性について問題を生ずることは格別として右訴訟を前提とする仮処分申請事件につき塩山市が当事者適格を有しないとなす債務者の主張は採用することができない。

仍て本案について判断するに債務者塩山市が、同市昭和三十年度第三回塩山市歳入歳出追加更正予算中の保健衛生費款、隔離病舎費項、新営改築費目に盛られた金五百四十四万円を以つて、隔離病舎建築事業を計劃し、債権者主張の工事請負費並に施設費を計上し、その執行機関である市長成沢広次が右事務の執行として、昭和三十一年五月十一日隔離病舎建設の敷地用として、申請外中村清次より同人所有の別紙目録記載の土地を購入し、然る後、債権者主張の如く松橋建設株式会社との間に右敷地の整地並に建物の基礎工事に関する請負契約を締結し、目下右作業は、同会社の手により進行中であること及び、債権者等が塩山市の住民であることは当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第二号証、同第十号証、乙第三号証、債権者早川恒雄本人尋問の結果により成立が認められる同第五号証及び右本人尋問の結果並に証人五味兵部の証言を綜合すると、塩山市昭和三十年度第三回歳入歳出追加更正予算案は昭和三十一年三月二十日に開かれた塩山市議会の本会議に上程され、同日総務委員会の予算特別委員に附託されたが、同委員会に於ては同年三月三十一日までに、審議が終了せず従つて、同日までに右議案は本会議に上程する運びとならず、やうやく同年四月九日開会の同市議会本会議に上程の上審議可決されたが、同日の議決では昭和三十年の会計年度経過後における追加更正予算の議決となり地方自治法施行令第百六十条に抵触することとなるので、形式上昭和三十年度の会計年度内である昭和三十一年三月三十一日以前に議決したこととすることの取扱をなしたものである事実が疏明せられ、他に右疏明を覆すに足る資料は存しない。債務者は右追加更正予算は昭和三十一年三月三十一日塩山市長が専決処分したものであると主張するけれども、成立に争のない乙第一号証乃至同第三号証、成立を認める同第四号証乃至同第六号証によつては右債務者主張の日に専決処分をした事実は疏明されないし、他に右事実を疏明すべき資料がないから、右主張は採用することができない。果してそれならば、右追加更正予算は、地方自治法施行令第百六十条に違反する無効の予算と謂うべきであるから、該予算に計上された、隔離病舎建設の費用を支出することはこれ亦違法であるといわなければならない。

仍て本件仮処分の必要性につき考える。債務者市の執行機関である市長成沢広次が、前掲予算に基く隔離病舎建設のため既に病舎用敷地を購入の上、請負人松橋建設株式会社をして、右敷地を整地し、且同敷地に対する病舎用建物建設基礎工事を施さしめていることは前認定のとおりであり、同市長が前記会社を督励して右工事の進捗をはかつていることは、当事者間に争のないところである。而して証人五味兵部の証言によれば、右基礎工事は既に完成し、土台を整え、建物を建築するばかりの状態にある事実が疏明せられるから本案判決に至るまでの間における違法な予算の支出を防止し、且建築完成後に契約が取消された場合において、当事者としての塩山市が蒙ることのあるべき損害を未然に防止するためにも本案判決に至るまで、債務者が別紙目録記載の土地に建物その他の工作物を設置する措置を禁止する必要は優に存在するものといわなければならない。

仍て本件仮処分申請は債権者において、金額五万円の保証を立てることを条件としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 鳥居光子)

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